「在庫はいくつ持てばいいのか」。この問いに、勘と経験だけで答えている現場は少なくありません。多すぎれば資金と保管スペースを圧迫し、少なすぎれば欠品して販売機会を逃します。その間をとる水準が「適正在庫」で、これは感覚ではなく計算で求められます。本記事では、適正在庫を決める土台になる「安全在庫」と「発注点」の計算方法を、実際の数字を当てはめながら整理します。
適正在庫とは?——欠品と過剰在庫のあいだの水準
適正在庫とは、欠品を防ぎながら過剰在庫も抑えた、経営効率のよい在庫水準のことです。「ちょうどよい在庫」と言い換えてもよいでしょう。ただし、適正在庫は単独で決まる数字ではありません。実務では次の3つをセットで考えます。
- 安全在庫:需要のブレや納品の遅れに備えて、最低限持っておく在庫
- 発注点:在庫がここまで減ったら発注する、というトリガーの数量
- 適正在庫:安全在庫に、通常の販売で消費していく分を足した、平均的に持つべき水準
この3つは別々の指標ではなく、安全在庫を土台に発注点が決まり、その結果として適正在庫の水準が定まる、という順序でつながっています。下の図は、在庫が減っては補充される動きと、3つの数字の位置関係を示したものです。まず安全在庫から順に見ていきます。
まず「安全在庫」を計算する(どこまで欠品を許容するか)
安全在庫は、需要のブレや調達の遅れによる欠品を防ぐための予備の在庫です。よく使われる計算式は次のとおりです。
安全在庫 = 安全係数 × 需要の標準偏差 × √(調達リードタイム)
「需要の標準偏差」は、日々の出庫量がどれくらいばらつくかを示す数字で、過去の出庫実績から求めます。「調達リードタイム」は、発注してから入庫するまでの日数です。
標準偏差と聞くと難しく感じますが、日々の出庫数を並べたデータがあれば、ExcelのSTDEV.P関数などで求められます。まずは主力商品の数点だけでも、直近数か月の日別出庫量から計算してみると、感覚で持っていた在庫量とのズレが見えてきます。
安全係数は「欠品をどれだけ許すか」で決まる
安全係数は、欠品をどの程度まで許容するか(サービス率)に対応した数字です。目安は次のとおりです。
- サービス率 90%:安全係数 約1.28
- サービス率 95%:安全係数 約1.65
- サービス率 98%:安全係数 約2.06
- サービス率 99%:安全係数 約2.33
サービス率を上げるほど欠品は減りますが、安全在庫は増え、在庫コストも上がります。すべての商品を99%にする必要はありません。欠品したときの影響が大きい主力商品は高めに、代替が効く商品は低めに、と分けて設定するのが現実的です。
たとえば、1日の出庫量の標準偏差が10個、リードタイムが5日、サービス率95%(安全係数1.65)の商品なら、安全在庫は「1.65 × 10 × √5 ≒ 37個」となります。
次に「発注点」を計算する(いつ発注するか)
発注点は、在庫がこの数量まで減ったら発注する、という補充のタイミングを示す数量です。計算式はシンプルです。
発注点 = 1日あたりの平均出庫量 × 調達リードタイム + 安全在庫
先ほどの商品で、1日の平均出庫量が20個、リードタイムが5日、安全在庫が37個だとすると、発注点は「20 × 5 + 37 = 137個」です。在庫が137個まで減った時点で発注すれば、入庫までの5日間を平均的な出庫でしのぎつつ、需要がブレても安全在庫でカバーできる、という考え方になります。
ここで説明したのは、在庫が一定数まで減ったら決まった量を発注する「定量発注方式」の考え方です。これに対して、毎月1日など決まったタイミングで、そのときの在庫に応じて発注量を変える「定期発注方式」もあります。出庫が安定していて品目数が多い商品は定量発注、需要の変動が大きく個別に管理したい主力商品は定期発注、といった使い分けが基本です。発注点の計算は、このうち定量発注をうまく回すための土台になります。
発注点方式のよいところは、担当者の勘ではなく「在庫が137個を切ったら発注」という明確な基準で動ける点です。特定の担当者しか発注のタイミングを判断できない状態は、購買・調達業務が属人化するリスクにもつながります。発注点を決めておくことは、その判断を誰でも同じ形でできるようにする第一歩です。
「適正在庫」の水準を出す(いくつ持つか)
適正在庫は、安全在庫に、通常の販売サイクルで消費していく在庫(サイクル在庫)を足して考えます。
適正在庫の目安 = 安全在庫 + サイクル在庫(平均的には 1回の発注量 ÷ 2)
1回の発注量が100個なら、サイクル在庫は平均50個。安全在庫37個と合わせると、平均的に持つ在庫は「37 + 50 = 87個」前後が目安になります。ここから、保管スペースや資金繰りと照らして発注量を調整していきます。
適正在庫は「この1つの数字が正解」というものではなく、需要・リードタイム・発注量の前提が変われば動く水準です。季節変動のある商品なら、繁忙期と閑散期で別々に計算し直す必要があります。
よくある質問
適正在庫と安全在庫は何が違う?
安全在庫は「欠品を防ぐために最低限持つ予備」で、適正在庫は「安全在庫+通常消費分の、平均的に持つべき水準」です。安全在庫は適正在庫の一部、という関係になります。
発注点はどれくらいの頻度で見直せばいい?
少なくとも需要の傾向が変わったとき(新商品への切り替え、販路の追加、季節の変わり目など)には見直します。出庫実績が数か月分たまるごとに、平均出庫量と標準偏差を計算し直すと精度が上がります。
需要のムラが大きい商品はどう扱う?
標準偏差が大きくなるため、式のとおり計算すると安全在庫がかなり増えます。その場合は、サービス率を欠品時の影響に応じて下げる、発注リードタイムを短くできないか取引先と相談する、といった形で、在庫を増やす以外の打ち手も併せて検討します。
計算式が機能するかは、元データの精度で決まる
ここまでの計算は、どれも「過去の出庫実績」と「正確なリードタイム」という2つの入力データがあって初めて成り立ちます。裏を返せば、在庫の数が実際と合っていなかったり、出庫の記録が抜けていたりすると、式に入れる数字そのものが狂い、はじき出される発注点も適正在庫もあてになりません。
その意味で、発注点や安全在庫を計算する前提として、まず在庫数を実態と合わせる棚卸しと、日々の出庫を漏れなく記録する仕組みが要ります。複数の販路を持っている場合は、在庫を一元化しても現場に残るズレにも注意が必要です。
商品数が少ないうちは、これらの計算はExcelでも十分回せます。ただ、SKUが増え、店舗や販路が複数になり、商品ごとにサービス率を変え始めると、実績の集計と発注点の更新が手作業では追いつかなくなってきます。Excel管理からの切り替えを考えるとすれば、そのあたりが一つの目安です。数字で在庫を決める習慣そのものは、ツールが何であっても変わらず効いてきます。