2025年から続いてきた労働基準法の改正が、2026年の通常国会では大きく動かない見通しになっている。約40年ぶりの大改正といわれてきただけに、身構えていた経営者も多いはずだ。ただ「見送り」という言葉から、当面は何も気にしなくていいと受け取るのは早い。改正の中身が消えたわけではなく、議論の場が移っただけだからだ。この記事では、2026年9月時点でわかっている事実を整理し、中小企業が今のうちに見ておくべき論点を洗い出す。
40年ぶりの大改正は、すでに設計図が示されている
厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」は2025年1月、労働時間法制の見直しを包括的に提言する報告書をまとめた。ここで示された論点は多岐にわたる。報道や専門家の解説を総合すると、主なものだけでも次のような項目が並ぶ。
- 連続勤務の上限規制(14日以上の連続勤務の禁止)
- 法定休日の特定義務
- 勤務間インターバル制度の義務化
- 有給休暇の賃金算定方式の見直し
- 「つながらない権利」のガイドライン化
- 副業・兼業者の労働時間通算ルールの見直し
- 週44時間特例(商業・接客娯楽業などの特例措置)の廃止
- 部分的なフレックスタイム制度の導入
- 管理監督者などの健康確保
- 企業による労働時間の情報開示
いずれも、テレワークや副業が広がった働き方の実態に、40年前の枠組みが追いついていないという問題意識から出ている。裏を返せば、これらは「いつか議論される話」ではなく、現場の運用がすでに直面している課題を後追いで制度化しようとしているものだ。
なぜ2026年はいったん見送りの見通しなのか
当初は2026年の通常国会に改正案が提出されるとみられていた。しかし2026年9月時点では、この提出は見送られる公算が大きいと報じられている。背景には、政府の「日本成長戦略会議」で労働時間規制のあり方そのものが検討対象に加わったことがある。2025年12月に開かれた同会議では、「労働市場改革分科会」で議論を続ける方針が示され、改正や施行の時期は今後の検討を踏まえて判断されるとされた。
つまり、中身が固まっていないから止まったのではなく、より上位の場で「労働時間をどう規制するか」という前提から議論し直している段階だと読むのが自然だろう。ただしこれは現時点の報道と経緯からの解釈であり、確定した政府方針として断定できるものではない。今後のスケジュールが前倒しになる可能性も残っている。
中小企業に効いてくる論点はどれか
すべての項目が一様に効くわけではない。中小企業の現場運用に直結しそうなものを、いくつか具体的に見ておく。
連続勤務の上限(14日連勤の禁止)
繁忙期に休日出勤が続く職場では、気づかないうちに2週間連続で人を働かせているケースがある。上限が法制化されれば、シフトの組み方そのものを見直す必要が出る。特に少人数で回している店舗や現場では、代替要員をどう確保するかが先に問われることになる。
勤務間インターバル制度の義務化
終業から次の始業まで一定時間を空ける仕組みだ。いまは努力義務にとどまるが、義務化されれば、深夜対応の翌朝に早番を入れるような組み方が自動的にできなくなる。勤怠の記録が曖昧なままだと、そもそも守れているかどうかを確認する手段がない。
週44時間特例の廃止
商業、接客娯楽、映画・演劇、保健衛生の一部の事業では、常時10人未満の事業場に週44時間までの特例が認められてきた。これが廃止されれば、対象だった小規模な店舗や施設は、原則の週40時間に合わせて所定労働時間を組み直すことになる。該当する業種にとっては影響が直接的だ。
法定休日の特定義務
週1日または4週4日という法定休日を、あらかじめ「何曜日」と決めて就業規則などに明示させる、という論点だ。いまは特定を求められていないため、実務では「結果的に休めていればよい」という運用の会社も少なくない。しかし特定が義務になると、その日に働かせたときの割増賃金の扱いがはっきりし、逆に言えば曖昧な運用は許されなくなる。シフト制で休日が固定されていない職場ほど、就業規則と実際の運用の突き合わせが必要になる。
副業・兼業と「つながらない権利」
自社の従業員が他社でも働いている場合、労働時間を通算して管理する必要がある。ルールが見直されれば、副業を認める企業ほど、他社での勤務時間をどう把握するかという実務が重くなる。あわせて「つながらない権利」――勤務時間外のメールやチャットへの対応を求めないという考え方――も、ガイドラインの段階から社内ルールの整理を迫る論点になる。
労働基準法改正は2026年に施行されるのか
現時点(2026年9月)では、2026年中に施行される見込みは低い。通常国会への法案提出が見送られる見通しであり、仮に今後提出されても、成立・公布・施行までにはさらに時間がかかる。したがって「2026年に何かが一斉に変わる」という状況ではない。とはいえ、議論の方向性はすでに報告書という形で公になっている。どの論点も、義務化されてから対応を始めると現場が混乱しやすいものばかりだ。
「見送り=様子見」でよいわけではない
見送りは、裏を返せば「準備の時間ができた」という意味でもある。ここまで挙げた論点に共通するのは、労働時間を正確に把握できていることが前提になる、という点だ。誰がいつからいつまで働いたか、休日はどう与えたか、時間外の連絡はどう扱ったか――これらが記録として残っていなければ、どの制度にも対応のしようがない。逆に言えば、勤怠と休日管理の記録をいま整えておくことは、どの論点が先に義務化されても無駄にならない投資になる。
紙のタイムカードや個人任せの申告では、連続勤務やインターバルの管理まで追いきれないことも多い。既製の勤怠システムで足りるのか、自社のシフトや就業ルールに合わせた形が要るのかは、扱う雇用形態の複雑さによって変わってくる。まずは、いまの記録で「誰が何日連続で働いたか」をすぐ答えられるかを確かめてみるとよい。答えに詰まるなら、そこが最初の弱点だ。
2026年は労務まわりの対応が重なる年でもある
労働基準法の大改正は先送りでも、2026年は他の制度変更が続く年だ。10月には社会保険の適用拡大やカスタマーハラスメント対策の義務化が控え、最低賃金の引き上げも進む。労基法改正が動かないうちに足元の対応を片づけておけば、いざ大改正が動き出したときの負担を平準化できる。制度変更が重なる時期こそ、対応の順番を先に決めておくことが効いてくる。
40年ぶりの労働基準法改正は、2026年はいったん見送りの見通しだ。しかし論点はすでに明示され、向かっている方向は変わっていない。中小企業にとっての現実的な備えは、法改正を待つことではなく、労働時間と休日の記録を今のうちに正確に残せる状態にしておくことだ。それが、どの論点が先に動いても効いてくる。